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札幌高等裁判所 昭和41年(ラ)32号 決定

抗告人 金野茂

相手方 横井秀雄

主文

原決定を取り消す。

本件訴訟を盛岡地方裁判所へ移送する。

理由

抗告人は「原決定を取り消す。」との決定を求めた。

その抗告の理由は

(一)  民事訴訟法第二一条を共同訴訟にも適用することは誤りである。

(二)  前記訴訟事件の原告(本件相手方)は、裏書人穂積壮八に対する訴を全部取下げ、同人との間の訴訟係属は終了したものである。よつてその後は併合要件を欠くに至るから本件移送申立は認容さるべきである。

(三)  本件手形の裏書人穂積壮八は、右原告と共謀の上、同事件の被告である抗告人を害する目的をもつて、不当に本件手形を補充して、これを右原告に裏書譲渡したものである。即ち、同人は、本件手形が純然たる融通手形である事実を知つていたし、且つ本件手形の前者との間に何んらの原因関係がなく、前者に対抗できず、自己名義をもつては、その手形金の請求訴訟を提起できないので、右原告と共謀し、訴訟信託を目的として裏書譲渡したものである。

そして右原告は、管轄の利益を得るため、便宜的に同人に対し、共同被告として償還請求をなしたものである。

(四)  以上の事実を看過して、抗告人の移送申立を却下した原決定は、抗告人の攻撃防禦の利益を不当に奪うものであつて正当でないからその取消しを求める。

というにある。

よつて按ずるに

(一)  民事訴訟法(以下単に法という)第二一条は、約束手形の振出人に対する請求と、裏書人に対する償還請求とをするためこれらを共同被告として提起する主観的併合の場合にも適用があると解すべきである。

(二)  管轄は、起訴の時を標準として定まるものである(法第二九条)から、共同訴訟人である穂積壮八に対する訴が原裁判所の管轄に属したることにより、法第二一条により抗告人についても管轄が生じたりとすれば、起訴後同人に対する訴が取り下げられたことによつて、一旦生じた抗告人についての管轄を失うものではない。

(三)  然し乍ら、外形上、法第二一条の要件を充たす場合であつても、当事者(原告)が、本来管轄のない請求について自己に便利な裁判所へ管轄を生じさせるためだけの目的で、本来訴訟を追行する意思のないその裁判所の管轄に属する請求を併せてしたと認められるような場合は、法第二一条によつて与えられる管轄選択権の濫用として、これを許容することができないものと解すべきである。

ところで本件記録によれば、本訴は、約束手形の振出人たる抗告人に対する請求と、第二裏書人たる右穂積壮八並びに第一裏書人たる三浦幸梧に対する請求とを併合提起したものであるが、法第一条及び第六条によれば、抗告人と三浦幸梧に対する請求は、本件約束手形の支払地であり且つ同人らの住所地である大船渡市を管轄する盛岡地方裁判所のみに本来その管轄があるものであるが、穂積壮八の住所地が原裁判所の管轄に属するため、原告は右穂積壮八に対する請求についての管轄権のある原裁判所を選択して併合提起したものであるところ、原告は右穂積壮八に対する訴を第一回口頭弁論期日に、その訴状の陳述もしないままこれを取り下げたことが認められる。また、抗告人が原裁判所へ提出した答弁書の記載並びにこれに添付してあつたと認められる書面(口頭弁論調書謄本等)を綜合すると、原告は、昭和三九年頃にも、原裁判所に抗告人並びに右穂積壮八及び三浦幸梧に対し本訴請求と同一の請求訴訟(原裁判所昭和三九年(ワ)第一四八号)を提起し、その際も、穂積壮八に対する訴は今回同様第一回口頭弁論期日に訴状の陳述もすることなくこれを取り下げたことが疎明される。(なお同訴訟は、抗告人に対する関係でもその後取り下げにより終了したものと推認しうる。)

かかる原告の訴訟態度からみれば、原告は、始めから明らかに、穂積壮八に対する訴訟を追行する意思を持たず、ただ、自己に便利な(右原告の住所地が原裁判所の所在地にあることは記録により明らかである)同人の住所地を管轄する原裁判所に他の請求をも併せ管轄せしめる目的をもつて、同人に対する請求を併せ提起したものと推認するを妨げない。されば、原告は本件の場合、抗告人に対する請求を、穂積壮八に対する請求と併せて、同人に対する請求のみについてしか、管轄権を有しない原裁判所へ提起することは、前叙の理由からいつて許されないところである。

(四)  従つて、抗告人に対する本訴請求には管轄違の違法あるものというべく、これをその管轄裁判所である盛岡地方裁判所に移送を求める抗告人の本件移送申立は理由がある。よつて、抗告人の移送申立を却下した原決定は不当であり、本件抗告は理由があるので、法第四一四条、第三八六条、第三〇条に従い主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 今富滋 裁判官 潮久郎)

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